認知機能、運動、集団|2025.5.23|最終更新:2025.5.23|理学療法士が執筆・監修しています
この記事でわかること
- 運動療法は認知症の予防や進行抑制に大きく寄与する
- メンタルや睡眠の改善により、認知機能に良い効果がある
- 個人だけでなく集団での運動も有効
序文
日本は世界に類を見ないスピードで高齢化が進んでおり、その結果、認知症の患者数も年々増加しています。医療者として日々直面する大きな課題のひとつは、「認知症をいかに予防し、あるいは進行を抑制するか」という点です。医薬品の開発や認知機能を高めるためのさまざまな介入法が研究されるなか、比較的手軽に始められ、なおかつ日常生活に取り入れやすい「運動療法」に高い関心が寄せられています。運動療法がどのように認知機能に影響を及ぼし、科学的根拠としてどのようなメカニズムが解明されているのかを解説するとともに、現場で実践しやすい具体的な運動の例もご紹介します。
認知機能に対する運動の効果
有酸素運動と認知機能
有酸素運動(ウォーキング、ジョギング、サイクリングなど)が認知症に対して有効であるといわれる理由のひとつは、脳血流量の増加です。運動を行うと血流が促進され、脳へ十分な酸素や栄養が送られることで海馬をはじめとする脳の重要な部位の機能が向上すると考えられています[1]。また、有酸素運動によりBDNF(脳由来神経栄養因子)の分泌量が増加し、神経細胞の可塑性が高まることが報告されています[2]。これにより、記憶力や思考力などの認知機能が維持・改善されやすくなります。
レジスタンス運動と認知機能
レジスタンス運動(筋トレ)には、筋力の低下を防ぎ、生活動作の維持・向上を図るだけでなく、全身の代謝亢進やホルモンバランスの改善といった効果が期待できます[3]。これらは身体機能だけでなく、脳機能にも良好な影響を及ぼすと考えられています。特に、高齢者に多いサルコペニア(加齢による筋量低下)を予防することは、身体的フレイルの進行を抑制するだけでなく、社会参加や自立度の維持にも寄与し、それが二次的に認知症リスクの低減につながると報告されています[4]。
運動による認知症予防効果
認知症予防のためには、週に300分程度の中等度の身体活動が有効であることが報告されています[5]。また、レジスタンス運動については、週2回以上、6か月以上行うことで認知機能の低下を予防できることが報告されています[6]。レジスタンス運動の方法としては、主要な筋群をまんべんなく刺激することが重要です。ただし、高齢の方や基礎疾患のある方は、個々の身体状況に応じた負荷設定が求められるため、運動前に身体機能や全身状態の評価を行い、必要なリスク管理を行うことが重要です。
運動とメンタルヘルス
身体活動の増加は、うつ症状の改善やストレス軽減にも寄与します[7]。認知症予防の視点だけではなく、患者さんのQOL向上という観点からも運動療法は大きなメリットがあります[8]。定期的に体を動かすことで睡眠の質が向上し、昼夜逆転のリズムが整う場合も多いです[9]。また、グループ活動を通じて生まれる仲間同士の交流は、社会的孤立の緩和につながり、メンタルヘルスに良い影響をもたらす可能性もあります。
運動の具体例
歩行、バランス練習
最も身近な運動として挙げられるのがウォーキングです。歩くという基本動作を意識的に行うことで、認知症予防や進行抑制に役立ちます。また、バランス練習として片脚立ちや足踏み運動、ステップ台を使った昇降運動などを取り入れると、転倒予防にもつながります。高齢の患者さんに指導する場合は、まずは低負荷・短時間から開始し、徐々に強度や時間を増やすことが大切です。
レジスタンス運動
ウォーキングなどの有酸素運動に加え、週に2回程度のレジスタンス運動を取り入れることで筋力維持・向上を図ることができます。高齢者の場合、負荷の大きい器具を使う必要はなく、セラバンド(チューブ)や自重を利用した簡単な筋トレから始めると無理なく継続できるので有用です。例えば、椅子に座っての膝伸展運動や軽いスクワットなど、日常生活動作に直結しやすい動作を選ぶと、生活場面の中に取り入れやすいため継続しやすくなります。
集団での体操プログラム
高齢者施設や地域のサロン等で行われる集団運動も、社会的交流を促進するという観点から有用です。軽度認知障害(MCI)や初期認知症の方々にとっては、周囲とのコミュニケーションが脳への刺激となり、精神面でもプラスの効果が期待できます[10]。たとえば、軽めの体操プログラムに合わせて歌を歌いながら体を動かす、脳トレ的な課題を交えながらステップを踏むなど、多面的なアプローチを取り入れると効果が高まります。
おわりに
今回は、運動が認知機能に与える効果についてまとめました。運動は認知症予防や進行抑制だけでなく、患者さんの全人的な健康をサポートする有力な手段です。有酸素運動とレジスタンス運動をバランスよく組み合わせることで、脳機能や筋力の維持・向上だけでなく、精神的健康の改善も期待できます。運動の頻度や強度は、個々の体力や疾患状況に合わせて調整しましょう。グループでのプログラムを活用することも、コミュニケーションによる心理的サポートを得るという点で大きなメリットがあります。医療者としては、患者さんが安全かつ継続的に取り組める運動環境を整え、一人ひとりに合ったアドバイスを提供していくことが求められます。
参考文献
[1]
Tomoto T, Verma A, Kostroske K, Tarumi T, Patel NR, Pasha EP, Riley J, Tinajero CD, Hynan LS, Rodrigue KM, Kennedy KM, Park DC, Zhang R. One-year aerobic exercise increases cerebral blood flow in cognitively normal older adults. J Cereb Blood Flow Metab. 2023 Mar;43(3):404-418.
[2]
Izawa S, Nishii K, Aizu N, Kito T, Iwata D, Chihara T, Sawada H, Yao R, Yamada K. Effects of Aerobic Exercise and Resistance Training on Cognitive Function: Comparative Study Based on FNDC5/Irisin/BDNF Pathway. Dement Geriatr Cogn Disord. 2024;53(6):329-337.
[3]
Chow ZS, Moreland AT, Macpherson H, Teo WP. The Central Mechanisms of Resistance Training and Its Effects on Cognitive Function. Sports Med. 2021 Dec;51(12):2483-2506.
[4]
Nari F, Jang BN, Youn HM, Jeong W, Jang SI, Park EC. Frailty transitions and cognitive function among South Korean older adults. Sci Rep. 2021 May 20;11(1):10658.
[5]
Nagata K, Tsunoda K, Fujii Y, Tsuji T, Okura T. Physical Activity Intensity and Suspected Dementia in Older Japanese Adults: A Dose-Response Analysis Based on an 8-Year Longitudinal Study. J Alzheimers Dis. 2022;87(3):1055-1064.
[6]
Nicola L, Loo SJQ, Lyon G, Turknett J, Wood TR. Does resistance training in older adults lead to structural brain changes associated with a lower risk of Alzheimer’s dementia? A narrative review. Ageing Res Rev. 2024 Jul;98:102356.
[7]
Zhao YL, Sun SY, Qin HC, Zhu YL, Luo ZW, Qian Y, Chen S. Research progress on the mechanism of exercise against depression. World J Psychiatry. 2024 Nov 19;14(11):1611-1617.
[8]
Kell KP, Rula EY. Increasing exercise frequency is associated with health and quality-of-life benefits for older adults. Qual Life Res. 2019 Dec;28(12):3267-3272.
[9]
Xie Y, Liu S, Chen XJ, Yu HH, Yang Y, Wang W. Effects of Exercise on Sleep Quality and Insomnia in Adults: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Controlled Trials. Front Psychiatry. 2021 Jun 7;12:664499.
[10]
Fujii Y, Seol J, Joho K, Liu J, Inoue T, Nagata K, Okura T. Associations between exercising in a group and physical and cognitive functions in community-dwelling older adults: a cross-sectional study using data from the Kasama Study. J Phys Ther Sci. 2021 Jan;33(1):15-21.
関連記事
リハビリテーションに関連する疫学 認知症③ 運動の効果
2025年度整形外科領域学会開催情報まとめ
2025年度脳神経系学会開催情報まとめ
リハビリテーションに関連する疫学 認知症②
リハビリテーションに関連する疫学 認知症①
リハビリテーションに関連する疫学 高齢者骨折④
リハビリテーションに関連する疫学 高齢者骨折③
リハビリテーションに関連する疫学 高齢者骨折②
リハビリテーションに関連する疫学 高齢者骨折①
リハビリテーションに関連する疫学 脳卒中③
リハビリテーションに関連する疫学 脳卒中②
リハビリテーションに関連する疫学 脳卒中①
痛みを再考する⑪ 手関節、手指痛
痛みを再考する⑩ 肩痛
痛みを再考する⑨ 股関節痛
痛みを再考する⑧ 膝痛
痛みを再考する⑦ 頸部痛
痛みを再考する⑥ 腰痛
痛みを再考する⑤ 薬物療法
痛みを再考する④ 非薬物療法・運動療法
執筆│宇野 編集│てろろぐ 監修│幸
月額550円(税込) / 年額5,500円(税込)
LINE公式アカウントのご案内
- LINE公式アカウントから無料LIVEセミナーに参加できます
- LIVEセミナー前の案内からシームレスに参加が可能です
- LINE登録で、お得な新規会員登録ができます!
LINE公式アカウントに登録する