認知症、傾聴 、BPSD|2026.7.10|最終更新:2026.7.10|理学療法士が執筆・監修しています
序文
認知症患者さんとのリハで、こんな場面はありませんか。
「家に帰らないと」
「ご飯を食べていない」
「あなた誰?」
「今日はリハしない。もう歩ける」
若手療法士ほど、つい「違いますよ」「さっき食べましたよ」「リハしないと退院できませんよ」と説明したくなります。
しかし、認知症の方との会話では、正しい情報を伝えることよりも、まず本人が今どう感じているかを受け止めることが、リハ参加につながることがあります。
ここで大切なのが、否定も肯定もしない傾聴です。
「それは違います」と否定しない。
かといって「そうですね、家に帰りましょう」と事実と違う約束もしない。
本人の言葉の奥にある不安・焦り・疲労・痛み・自尊心に焦点を当てるスキルです。
「噛み合わない会話」は、説得でほどけにくい
認知症の方との会話が噛み合わないとき、療法士側は「理解してもらえていない」と感じます。
しかし本人側から見ると、自分の現実をわかってもらえない体験になっているかもしれません。
たとえば、入院中の患者さんが「家に帰らないと」と言う場面。
療法士が「今日は帰れません」と言えば、事実としては正しくても、本人には「止められた」「わかってもらえない」と伝わることがあります。
ここで重要なのは、会話の内容をすぐ訂正するのではなく、言葉の下にあるニーズを探すことです。
「家に帰らないと」
→ 不安、役割意識、家族への心配、ここがどこかわからない
「ご飯を食べていない」
→ 空腹感、時間感覚の混乱、満たされなさ、安心したい気持ち
「もう歩けるからリハしない」
→ 疲労、自尊心、失敗への不安、やらされ感
認知症ケアのコミュニケーション研修に関するレビューでは、介護者・専門職の知識やコミュニケーションスキルの改善、ケアを受ける側への一定の効果が報告されています[1][2]。つまり、会話は「センス」ではなく、学習できる臨床技術です。
若手療法士におすすめしたい視点は、
「この発言は、何を伝えようとしているサインか?」
と一拍置くことです。
否定も肯定もしない傾聴:感情には同意し、事実には踏み込みすぎない
「否定も肯定もしない」とは、曖昧にごまかすことではありません。
ポイントは、事実の正誤ではなく、感情と困りごとに応答することです。
たとえば、患者さんが「財布を盗られた」と言った場合。
避けたい対応は、
「盗られていませんよ」
「そんなこと言わないでください」
「ここには財布はありません」
この返答は、本人の不安を強めることがあります。
一方で、
「そうですね、盗まれましたね」
と事実として肯定してしまうと、妄想や不安を強めたり、スタッフ間のトラブルにつながる可能性があります。
そこで使いやすいのが、次のような返答です。
「それは心配になりますね」
「大事なものが見当たらないと不安ですよね」
「一緒に確認してみましょう」
これは、財布が盗られたという事実に同意しているのではなく、
“心配している気持ち”に同意している対応です。
バリデーション療法については、Cochraneレビューでランダム化比較試験から有効性を結論づけるにはエビデンスが不十分とされています[3]。一方で、近年の観察研究では、肯定的な言葉かけや理解を言語化する関わりが、協力的な反応と関連する可能性が示されています[4]。つまり、「治療法として万能」と考えるのではなく、日々のケアやリハ場面で使えるコミュニケーション技術の一部として捉えるのが現実的です。
臨床で使いやすい型は、以下です。
① 反復する
「帰らないといけないんですね」
「心配なんですね」
② 感情を言葉にする
「不安になりますよね」
「気になりますよね」
「早く済ませたい感じがありますか?」
③ 本人の目的に沿ってリハへつなぐ
「帰る準備のために、立つ練習だけ一緒に確認しましょう」
「安全に部屋まで戻れるか、今の歩き方を見せてもらえますか」
「疲れない範囲で、1回だけやってみましょう」
大切なのは、正論で押さないことです。
正論は、認知症患者さんにとって「責められた」「否定された」と感じられることがあります。
リハを円滑にする「30秒の会話手順」
リハ場面では、長い傾聴が難しいこともあります。
そこで使いやすいのが、30秒の会話手順です。
ステップ1:まず受け止める
「今日はやりたくないんですね」
「疲れている感じがありますね」
「家のことが気になっているんですね」
ここでは、説得しません。
本人の言葉を短く返します。
ステップ2:リハの目的を“本人の言葉”に変換する
「筋力をつけましょう」よりも、
「トイレまで安心して歩く練習をしましょう」
「バランス訓練をします」よりも、
「転ばずに立てるか確認しましょう」
「退院に向けて必要です」よりも、
「家で困らないように、今の動きを一緒に見ておきましょう」
認知症の方とのコミュニケーションでは、短く、具体的で、本人にとって意味のある言葉が重要です。言語的な工夫は、会話の明確さ、相互性、継続性を支えると報告されています[5][6]。
ステップ3:選択肢を2つに絞る
「何をしたいですか?」は自由度が高すぎることがあります。
おすすめは、選べる形にすることです。
「ベッドで足の運動にしますか? それとも立つ練習にしますか?」
「廊下を少し歩きますか? まずトイレまでにしますか?」
「今すぐ1回やりますか? 5分休んでからにしますか?」
選択肢を出すことで、患者さんは「やらされている」ではなく、自分で決めた感覚を持ちやすくなります。
本人中心のケアは、BPSDやQOLなどに良い影響を与える可能性が報告されています[7][8]。
ステップ4:言葉より先に環境を整える
会話が噛み合わないとき、原因は言葉だけではありません。
テレビの音、廊下の人通り、尿意、痛み、眠気、空腹、寒さなどが影響します。
特に中等度から重度の認知症では、非言語的な関わり、環境調整、本人を知ること、具体物の活用などが意味あるコミュニケーションを助けるとされています[9]。
若手療法士がすぐ使える工夫は、次のようなものです。
「正面から近づく」
「目線を合わせる」
「名前を呼んでから話す」
「一文を短くする」
「一度に一つだけ依頼する」
「できた動作をすぐ言葉にする」
たとえば、
「立って、歩行器を持って、廊下を歩きましょう」
ではなく、
「足を床につけましょう」
「いいですね。次に立ちます」
「歩行器を持ちます」
と分けます。
会話が噛み合わないときほど、説明を増やすのではなく、言葉を減らして、成功体験を増やすことが大切です。
おわりに
認知症患者さんとの会話で大切なのは、勝つことではありません。
「正しいことを伝えた療法士」になるより、安心して動き出せる関係をつくる療法士になることです。
否定しない。
でも、事実と違うことを安易に肯定もしない。
本人の感情を受け止め、目的を本人の生活に結びつけ、選択肢を示し、小さな行動へつなげる。
この積み重ねが、リハの拒否を減らし、参加を引き出し、患者さんの尊厳を守る関わりになります。
明日から使うなら、まずはこの一言です。
「それは心配になりますね。一緒に確認しましょう」
この一言が、噛み合わない会話を、リハにつながる会話へ変える入口になります。





















