起立、筋力 、重心|2026.6.12|最終更新:2026.6.12|理学療法士が執筆・監修しています
序文
立ち上がり介助で、「思ったより重い……」と感じた経験はないでしょうか。
若手療法士ほど、その原因を「下肢筋力の弱さ」と捉えやすいものです。もちろん筋力は重要です。しかし、筋力低下だけでは説明しきれない“介助の重さ”に出会うことも少なくありません。
そんなときに見直したいのが、重心移動の誘導です。
立ち上がりは、ただ身体を上へ持ち上げる動作ではなく、まず重心を前方へ移し、その流れの中で離殿し、立位へつなげていく動作です。つまり、介助が重いときほど「どれだけ力が弱いか」ではなく、「どこまで重心が運べているか」をみる視点が大切になります。
今回は最も基本的ですが奥が深い立ち上がり動作についてみていきます。
立ち上がりは「上に上がる」前に「前に運ぶ」動作
立ち上がりは、古典的にはいくつかの相に分けて理解されます。
最初に必要なのは、立位になるための“前方への運動量”を作ることです。その後、離殿直後の荷重移動を経て、下肢伸展によって立位へ移行し、最後に安定化します[1,2]。
この流れから分かるのは、立ち上がりの本質が「上へ押し上げること」だけではないという点です。特に離殿前後では、どれだけスムーズに重心を前へ運べるかが大きな意味を持ちます。
さらに重要なのは、重心移動が殿部離殿の後に始まるわけではないことです。Hirschfeldらは、立ち上がりにおける荷重移動は、離殿前から殿部と足部の床反力の協調によって準備されていることを示しました[3]。
つまり、立ち上がれない患者さんに対して、離殿の瞬間だけを切り取って「もっと頑張ってください」と促しても不十分なことがあります。すでにその前段階で、前方へ移る準備ができていなければ、立位へつながる流れは作れません。
臨床で介助が重く感じる場面では、介助者が“持ち上げる”ことで何とか成立させているケースが多くあります。しかしそれは、患者さんが本来使うべき重心移動のプロセスを、介助者が代行してしまっている状態とも言えます。だからこそ、立ち上がりをみるときは「どのくらい持ち上げるか」ではなく、どこまで前に運べているかを先に確認したいところです。
「筋力不足」と決めつける前に、離殿前の重心移動をみる
高齢者の立ち上がりをみると、若年者に比べて前後方向の重心速度が小さく、離殿時の重心位置も後方に残りやすいことが報告されています[4]。また、足部を前方に置いた条件では、立位へ移行するためにより大きな体幹前傾と時間が必要になります[5]。
つまり、「立てない」の背景には、単純な筋力低下だけでなく、重心を前に運ぶ戦略の不十分さが関わっている可能性があります。
加えて、近年の研究では、健常高齢者において膝関節・股関節伸展筋の最大筋力や関節モーメントが若年者より低くても、立ち上がり中の相対的な筋努力は大きく変わらないことが示されています[6]。この結果は、少なくとも健常高齢者では「筋力が足りないから立てない」と単純には言い切れないことを示唆しています。
臨床では、次のような場面に出会うことがあります。
体幹前傾が浅いまま立とうとする、足が前に流れて脛骨前傾が出にくい、離殿しかけても重心が後方に残り、結局介助者が引き上げる形になる。こうしたケースでは、筋力そのものよりも、力を発揮できる位置まで重心が届いていない可能性を疑うべきです[4-6]。
筋力評価は大切です。しかし、MMTや握力、あるいは見た目の筋萎縮だけで介助量の多さを説明しようとすると、介助の組み立てを誤ることがあります。
介助が重いと感じたときは、「弱いから立てない」ではなく、“前に乗れていないから立てない”のではないかと一度立ち止まって考えてみる。これだけで評価の質は大きく変わります。
介助を軽くするための誘導は「前→上」で考える
では実際に、重心移動を促すために何をみればよいのでしょうか。
まず見直したいのは足部の初期設定です。足部位置の違いは、体幹前傾角度、股関節トルク、さらには立ち上がり後の姿勢安定性にも影響を与えることが示されています[7]。
つまり、足の位置を少し調整するだけでも、「立ち上がりやすさ」は変わり得るということです。
たとえば、足が前方に流れすぎていると、重心を前方へ運ぶためにより大きな体幹前傾が必要になります。その結果、前に行ききれないまま離殿しようとしてしまい、介助者が持ち上げる介助に入りやすくなります。
逆に、適切な足部位置が作れると、患者さん自身が前方へ乗り込みやすくなり、離殿が自然に起こりやすくなります。
脳卒中片麻痺患者を対象とした研究では、麻痺側足を後方に置いた立ち上がり練習によって、対称性や立ち上がり時間、Berg Balance Scaleの改善が報告されています[8]。すべての症例にそのまま適用するわけではありませんが、「使えていない側に荷重しやすい設定を作る」という発想は、介助量を減らすうえで非常に実践的です。
また、誘導の方向にも注意が必要です。慢性期脳卒中者を対象とした研究では、立ち上がり時のverbal cueだけでも対称性は改善し、manual cueを組み合わせることで麻痺側下肢の筋活動改善がより大きかったと報告されています[9]。
ここから学べるのは、介助とは単に支えることではなく、運動の方向を伝えることでもあるという点です。
若手療法士が特に意識したいのは、介助のベクトルです。
「上へ持ち上げる」意識が強いと、患者さんの重心移動を待てず、早い段階で引き上げてしまいます。その結果、患者さんはますます自分で前へ乗れなくなります。
一方で、「まず前へ、そこから上へ」という順序で誘導すると、患者さん自身の運動を活かしながら立ち上がりを支えやすくなります。骨盤や体幹への接触も、真上に引き上げるより、前上方への流れを作るように関わるほうが自然です。
介助が重いときほど、介助量を増やすのではなく、患者さんが自分で動ける方向を整える。それが結果的に、最も軽い介助につながります。
おわりに
立ち上がり介助が重いと、「もっと筋力をつけないと」と考えたくなります。もちろん、それが必要な場面もあります。
ただし、筋力低下だけでは説明できない“重さ”があることも、臨床ではよく経験します。
そのときに見直したいのは、患者さんがどれだけ前へ重心を運べているかです。
体幹は前に入っているか。足部位置は適切か。離殿前に荷重移動の準備ができているか。こうした視点を持つだけで、立ち上がり介助の見え方は大きく変わります。
次に立ち上がり介助をするときは、ぜひ一度こう問いかけてみてください。
「この人は、立てないのではなく、前に乗れていないだけではないか?」
その視点が、介助を“重労働”から“誘導”へ変える第一歩になるはずです。
参考文献
[1] Schenkman M, Berger RA, Riley PO, Mann RW, Hodge WA. Whole-body movements during rising to standing from sitting. Phys Ther. 1990;70(10):638-648. PMID: 2217543.
[2] Riley PO, Schenkman ML, Mann RW, Hodge WA. Mechanics of a constrained chair-rise. J Biomech. 1991;24(1):77-85. PMID: 2026635.
[3] Hirschfeld H, Thorsteinsdottir M, Olsson E. Coordinated ground forces exerted by buttocks and feet are adequately programmed for weight transfer during sit-to-stand. J Neurophysiol. 1999;82(6):3021-3029. PMID: 10601437.
[4] Mourey F, Grishin A, d’Athis P, Pozzo T, Stapley P. Standing up from a chair as a dynamic equilibrium task: a comparison between young and elderly subjects. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2000;55(9):B425-B431. PMID: 10995039.
[5] Khemlani MM, Carr JH, Crosbie WJ. Muscle synergies and joint linkages in sit-to-stand under two initial foot positions. Clin Biomech (Bristol). 1999;14(4):236-246. PMID: 10619111.
[6] Ahn N, Haischer MH, Lewis CL, Kipp K. Relative muscular effort in the older adults during the sit-to-stand task: Monitoring neuromuscular reserve and movement limitations. Clin Biomech (Bristol). 2024;120:106360. PMID: 39406131.
[7] Jeon W, Hsiao HY, Griffin L. Effects of different initial foot positions on kinematics, muscle activation patterns, and postural control during a sit-to-stand in younger and older adults. J Biomech. 2021;117:110251. PMID: 33493710.
[8] Liu M, Chen J, Fan W, Mu J, Zhang J, Wang L, Zhuang J, Ni C. Effects of modified sit-to-stand training on balance control in hemiplegic stroke patients: a randomized controlled trial. Clin Rehabil. 2016;30(7):627-636. PMID: 26316551.
[9] Nelson TC, et al. Effect of integrated manual and verbal cueing on functional transfers in chronic stroke survivors: a randomized controlled study. Disabil Rehabil. 2025;47(13):3334-3341. PMID: 39462260.





















