序文(はじめに)
「職場の教育体制、何とかしたいけど、何から手をつければいいか分からない…」
「大きな改革なんて、今のリソースでは到底無理だ」
「理想を考えれば考えるほど、現実とのギャップに気持ちが重くなってしまう」
日々の業務に追われる中で、現場の教育についてこのように感じ、一人で悩みを抱えているリーダーや教育担当者の方も多いのではないでしょうか。「変えなければ」という強い想いとは裏腹に、問題の大きさに圧倒され、一歩も踏み出せずにいる。その葛藤は、真剣に職場と向き合っているからこそ生まれるものだと思います。
しかし、大きな変化は、必ずしも大きな改革から始まるとは限りません。この記事では、「教育システムを構築する」といった壮大な目標から一度離れ、明日からでも始められる、ごく「小さな一歩」に焦点を当てて、具体的なアクションをご紹介します。
1. 「仕組み」ではなく、まず「一人の後輩」との関わりを変えること
「教育を変える」と聞くと、私たちはつい新しい「仕組み」や「制度」を考えがちです。しかし、いきなり全体を動かそうとすることは多大なエネルギーを必要とし、挫折の原因にもなりかねません。
そこでまず試していただきたいことは、仕組みづくりではなく、たった一人の後輩や若手スタッフとの「関わり方」を、意識的に変えてみることです。
例えば、「今週、〇〇さん（後輩）が担当しているケースについて、一番悩んでいる点を一つだけ聞いてみる」と自分の中で決めてみてください。目的は、何かを教えることではありません。「私はあなたの状況に関心があります」というメッセージを伝えることです。この小さな関わりが、相手の中に安心感と「相談してもいいんだ」という気持ちを育みます。あらゆる教育の土台となる心理的安全性を、まずは二人の関係性から築いていくのです。
2. 「インプット」ではなく、「アウトプット」の機会を小さく設けること
教育の機会というと、研修や勉強会といった「インプット（知識の入力）」の場を想像しがちです。しかし、多忙なスタッフにとっては、新たな知識をインプットする時間も余裕もないのが現実です。
そこで、視点を変えてみましょう。新しい知識を増やすことよりも、スタッフが既に持っている経験や疑問を「アウトプット（言語化）」する、ごく小さな機会を設けてみるのです。
例えば、カンファレンスの最後の1分間を使って、「今週、担当ケースで一番『おや？』と思ったことを一言だけ共有してください」と問いかけてみる。準備は不要です。その場で考え、自分の言葉で話すことに意味があります。この小さなアウトプットの習慣は、スタッフ一人ひとりに日々の臨床を振り返る癖をつけさせ、チーム全体に「他者の経験から学ぶ」という文化を静かに根づかせていきます。
3. 「全員」ではなく、たった「一人」の協力者を見つけること
何か新しいことを始めようとするとき、「全員の合意を得なければ」と考えるとなかなか前に進めません。職場の状況やスタッフの考えは様々です。全員を一度に動かそうとすることは、最も困難な道を選んでいるとも言えます。
大切なことは、全員を巻き込むことではなく、あなたの想いに共感してくれそうな、「たった一人の協力者」を見つけることです。
「実は今、教育のことで少し悩んでいて…」「もしよかったら、来月から月一で、15分だけ情報交換しませんか？」――。まずは、その一人の仲間と小さな実験を始めてみる。成功すれば、その二人の活動が周囲に少しずつ良い影響を与えていきます。失敗しても、二人でならすぐに軌道修正ができます。孤独な戦いから「チームでの挑戦」に変わることで、あなた自身の心理的な負担も大きく軽減されるはずです。
まとめ
現場の教育を変える旅は、険しい山を一気に駆け上がることとは違います。それは、目の前の一歩を、ただ着実に踏みしめていくことに似ています。
今回ご紹介した、「一人の後輩と関わること」「アウトプットの機会を設けること」「一人の協力者を見つけること」。これらは全て、誰かの許可や立派な計画書がなくても、あなたの想い一つで明日から始めることができます。
現状を変えたいと願うあなたのその想いこそが、全ての原動力です。まずは、あなたができる最も小さな一歩を踏み出してみてください。あなたのその行動が、間違いなく、未来の現場を変えるための確かな一歩となります。
参考文献
Rose T. Dunn: Dunn and Haimann’s Healthcare Management, Eleventh Edition
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