スクワット、人工股関節全置換術、大腿寛骨臼インピンジメント|2024.1.26|最終更新:2024.1.26|理学療法士が執筆・監修しています
この記事でわかること
- THA患者はスクワットを円滑に行えることが満足度につながる
- THA術後長期に渡って、スクワット動作時の荷重や筋活動の偏りが残存する
- FAI患者は、スクワットを行う前に股関節や骨盤の可動域改善が必要
序文
前回は膝蓋腱、半月板、腸脛靭帯に着目してスクワット動作の注意点や指導方法についてまとめました。今回は人工股関節全置換術(THA)と大腿骨寛骨臼インピンジメント症候群(FAI)に着目して、スクワット動作の注意点や指導内容についてまとめます。THA患者さんは、股関節周辺の筋力を維持・向上させるために適切な方法でスクワットを行うことが大切です。誤ったフォームや過度な負荷は股関節に不必要な圧力をかけ、回復を妨げる可能性があります。同様に、FAI患者にとっても、スクワットは股関節の可動域や筋力を改善する上で役立ちますが、特定の動きは痛みを誘発したり症状を悪化させたりすることがあるため注意が必要です。今回紹介する情報を参考にすることで、安全に効率良くスクワットを行うことができる可能性があります。
THA
THAを受けた患者に対してスクワットなどの下肢運動を指導する際には、特別な配慮が必要です。人工関節は天然の関節と比べて耐久性に限界があるため、深い屈曲や過度の荷重は関節に過大なストレスを与える可能性があります。スクワットを指導する際には、関節の可動範囲や荷重制限を考慮し、関節保護に配慮する必要があります。
THA術後患者328人を対象に、スクワット動作を制限する因子および運動学的データを調査したところ、THA術後患者の29.5%が主に脱臼への不安感からスクワットに困難さを感じており、スクワット動作時の最大股関節屈曲は平均80.7°±12.3°、骨盤後傾は12.8°±10.7°だったことが報告されています[1]。
THA術後患者10人を対象に、THA手術前後でのスクワット動作時の股関節屈曲角度および骨盤傾斜角を調査したところ、THA後の最大股関節屈曲角度は平均80.7°、骨盤後傾角は平均16.6°だったことが報告されています[2]。
THA術後患者15人を対象に、スクワット動作時の股関節と骨盤の可動域を調査したところ、股関節屈曲可動域の50°〜70°で骨盤が後傾し始め、大腿骨屈曲角度に対する骨盤後傾角度の平均比率は23.2%だったことが報告されています[3]。
THA術後患者818人を対象に、手術に対する満足度を調査したところ、THAに対する不満項目のトップ2にスクワット動作が含まれていたことが報告されています[4]。
THA術後患者99人を対象に、スクワット動作時の下肢への荷重量の変化と動的安定性について調査したところ、術後13.2±3.8日で術測下肢への荷重は15.8%少なく、前後および内側の圧中心偏位が健側よりも30%~34%高く、前後方向の安定性は術後26.6±3.3日でも改善していなかったことが報告されています[5]。
10人の被験者モデルを対象に、股関節シミュレーターを用いて股関節脱臼リスクとなるインピンジメントが生じる条件を調査したところ、骨盤傾斜が-10°の場合、インピンジメントのないゾーンが最大になり、前傾が10°の場合には、インピンジメントのないカップの前傾角と外転角の組み合わせが少なくなることが報告されています[6]。
THA術後患者158人を対象に、大殿筋腱切りの有無で筋力に差があるか調査したところ、大殿筋の腱切り術の有無で術後6か月の股関節伸展筋力に差はなかった(腱切あり:2.4±0.6Nm/kg、腱切りなし:2.5±0.5Nm/kg)ことが報告されています[7]。
THA術後患者23人を対象に、術前、術後3年、術後8年の患側と健側の中殿筋の断面積(CSA)を調査したところ、術後に術側の中殿筋CSAは術前よりも改善しますが、中殿筋のCSAは、術前、術後3年、および術後8年において、患側が健側よりも有意に小さかったことが報告されています[8]。
THA患者74人を対象に、術後6か月の跛行の予測因子を調査したところ、中臀筋のCSAが跛行の予測因子だったことが報告されています[9]。
以上のことを踏まえ、THA患者に対してスクワットを指導する際には、以下の点に注意が必要です。
- 患者の約30%が脱臼への不安感からスクワットに困難さを感じているため、心理的なサポートも行う。
- THA術後の股関節の最大屈曲角度は平均80.7°であり、この範囲を超えないように指導する。
- 骨盤の前後傾を適切な位置に調整できるように、骨盤の動きの改善も行う。
- THA術後は下肢への荷重が偏るため、均等な荷重分散の練習を行う。
- THA術後の歩行、機能回復のために、大殿筋や中殿筋の筋力強化に焦点を当ててスクワットを行う。
FAI
FAIは股関節の形状異常が原因で、深い屈曲時に骨同士が衝突し、痛みや損傷を引き起こす可能性があります。スクワットを指導する際には、患者の症状や股関節の可動範囲を考慮し、適切な運動強度と範囲を選択することが大切です。
股関節痛を有する患者76人を対象に、スクワット動作時の股関節痛とFAIとの関連を調査したところ、スクワットテストで股関節痛を訴えることは、FAIに対して感度75%、特異度41%だったことが報告されています[10]。
大腿寛骨臼インピンジメントのある15人とない15人を対象に、スクワット動作時の関節角度を調査したところ、インピンジメントがある人はスクワット動作中の股関節内旋角度、股関節伸展モーメント、骨盤後傾が減少し、股関節屈曲のピーク時に骨盤がより前傾することが報告されています[11]。
FAI患者のインピンジメントに影響する因子を調査したシステマティックレビューでは、FAI患者はスクワット動作時の骨盤後傾角度が減少することで、大腿寛骨臼のかみ合いが強化されることが報告されています[12]。
FAI患者8人と健常者8人を対象に、3D モーション キャプチャとフォース プレートを使用して筋骨格シミュレーションを行い股関節の角度、力、モーメントを調査したところ、FAI患者は、スクワット動作中の股関節の関節接触力が小さく、痛みや症状を回避するために筋力を減らすという戦略を表している可能性があることが報告されています[13]。
FAI患者の股関節ROMと筋力について調査したシステマティックレビューでは、FAI患者は健常者と比較して、股関節ROMに差はなかったが、股関節筋力が低下し、バランス能力が低下していることが報告されています[14]。
FAI患者の身体機能障害について調査したシステマティックレビューでは、FAI患者は股関節内転筋力、屈曲筋力が低下していることが報告されています[15]。
FAI患者8人を対象に、スクワット動作時に殿筋の活性化に注意を向けて行った際の殿筋活動について調査したところ、大殿筋および中殿筋の筋活動が増加し、それによって股関節内旋が減少し、寛骨臼接触圧が32%減少したことが報告されています[16]。
FAI患者19人を対象に、8週間の運動介入(骨盤後傾のためのストレッチおよび筋力強化、体幹強化、骨盤の動きのコントロール)の効果を調査したところ、スクワット動作時の骨盤前傾、スクワットの深さが改善することが報告されています[17]。
以上より、FAI患者へスクワットを指導する際には、以下の点に注意することが大切です。
- 股関節内旋や骨盤後傾が制限されているため、スクワットを行う前に可動域や骨盤コントロールを改善させ、スクワット動作を行う際の股関節や骨盤の位置を調整し、安全に効率良くスクワットが行えるようにする。
- FAI患者では股関節周囲筋の筋力が低下しているため、スクワット動作時の筋活動のアンバランスに注意する。
- スクワット動作時に殿筋の筋活動に注意を向けることで、大殿筋や中殿筋の筋活動を促す。
おわりに
今回はTHA、FAIに着目して、スクワット動作の注意点や指導内容についてまとめました。いずれの状態でも、股関節の可動域や筋力のアンバランスの改善を行うことで安全にスクワットが行え、スクワット自体が両者の病態による股関節機能の低下を改善させる可能性があります。
参考文献
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執筆│宇野 編集│てろろぐ 監修│幸
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